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ある議員が、自分の信条に合った法案を出したとしよう。おそらく、いくらその人が説得力のある人でも、過半数の議員を味方につけることは不可能だろう。
一つの政策で、まったく強制力なしで、過半数以上の議員の賛成を取りつけることは不可能だ。なぜなら、法案=政策とは、ある目的=理念を実現する手段に過ぎず、仮にある目的に関しては、過半数以上の合意を得られても、手段に関しては、いろいろなやり方があるからだ。
たとえば、少子高齢化という問題がある。これに関しては、いろいろな対策が考えられる。一つは、これは不可避のすう勢だから、別に何もする必要がないというもの。
または、高齢化自体は良いことだから、少子化を食い止めるというもの。仮に、ここまでで合意ができたとしも、具体的な解決策に関しては、いろいろなものが考えられる。
子どものいる家庭に現金を渡す。問題は金ではなく子育て環境だから、現金支給ではなく保育所設置にすべき……。
消費税増税についても考えよう。この問題が複雑なのは、目的がはっきりしていないことだ。仮に、ここでは「福祉の充実」ではなく「財政再建」を目的にしよう。
すると、この解決のためには、いくつかの対策が考えられる。消費税率の引き上げ、所得税の改革(これにも、累進性についてさまざまな見解がある)、法人税の問題(引き下げ論ではなく、引き上げ論も有り得よう)、または、根本的な税制改革として、新たな税を考える(資産税とか、土地所有税とか)。
一方で、財政赤字の根本原因についても、いろいろな見解がある。公共事業が悪いとする人たちは、道路・橋・ダムの建設を止めれば良いとする。
または、財政問題の根本は社会保障にあると見る人もいる。しかし、ここでも、税金で年金・医療を賄うべきとする人もいれば、保険料の引き上げで対処すべきと言う人もいる。
これほど錯綜した問題を、政党が存在しない、つまり一切の強制力を持つ組織のない、個々バラバラの議員だけで構成される国会で、審議して、過半数以上の賛成を取りつけことなどできるだろうか。
つまり、まったくフリーの状態で、議論の最初の土俵から、個々バラバラの議員が創り上げていくようなやり方では、国政は進まないのである。
いろいろ問題はあるけれど、最初にある程度の土俵を整えておかなければ、過半数以上の合意をある一定の期間で得ることなど不可能なのである。直前の問題を解決するために、永遠にダラダラと議論しているわけにはいかない。 |