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ホーム/政治学者 森田浩之の政治って何だろう?

第35回 リーダーはなぜ必要か

ここに組織がある。どんな組織でもよい。しかし、ある一定以上の大きさの場合、リーダーを選ばなければならない。

たとえば、指揮者のいないオーケストラを考えよう。曲目も、日程も、編成も、演奏方法も、すべて楽団員が自分たちで話し合って決める。なんて民主的なんだろう。

しかし、それでも、まったく全員が完全に平等というわけではない。ある曲を演奏するとしよう。

仮に、全演奏者が、楽譜を暗譜するくらい、曲を完璧に熟知していても、まったく誰もリードすることがなければ、演奏自体が始まらない。四重奏でも、第一バイオリンが、全員を見ながらタイミングを取るから、一分の隙もない、全員が一致した演奏になる。

かつて、こんな演奏を聴いたことがある。ある金持ちが道楽から指揮者になって、自分の楽団を組織した。その素人指揮者は、演奏中、一度も楽譜から顔をあげて演奏者を見ることもなく、ただただ一心不乱に指揮棒を振り続ける。

50人くらいの編成の楽団員は、楽譜以外には、指揮者ではなく、主席バイオリニストを見続けていた。つまり指揮者が役に立たない場合、楽団員は一切のリードなしで演奏するのではなく、別のリードを探すのだ。それが信頼できるコンサートマスターなら、指揮者がいなくても、それなりの演奏になる。



1.政党はなぜ必要か

ところで、なぜ政党があるのか?

この疑問の背景には、いくつかの要因がある。まず党内の有力議員がいる。そして、この大物政治家に金銭にからむ汚職疑惑があるとしよう(もちろん、小沢氏のことだ)。

いつもは歯切れのいい同僚議員が、この問題になるといきなり口が重くなる。世間的から見ると「限りなく黒に近い灰色」なのに、その党はその大物議員に対して何もできない――この歯がゆさが、先の疑問につながる。

しかし、これだけではない。ここに、ある国民的懸案になっている政治議題があるとしよう。なんでもよい。子ども手当でも、高速道路無料化でも、消費税でも。

政党とは、政策で一致する人々が、それを実現するために集まって作った組織のはずだ。しかし、党内にはいろいろな意見があり、まとまらない。いざ採決になると、よほどのことがない限り(離党覚悟で棄権したり、反対票を投ずるなど)、文句を言いながら、党の(というより、党執行部の)方針に従う。

もし政党というものが、このような個人の政治信条を踏みにじるような強権的な組織であるならば、政党なんてないほうがいい――政党があることへの疑問には、このような背景もあるだろう。

答えを言えば、政党は二つの理由から必要だ。一つは、単純に、国会で過半数以上の議員の賛成がなければ、法案が通らないということだ。

しかし、もちろん、これだけでは、政党の必要性は説明できない。もしこの世に政党がなければ、すべての政治家は個々バラバラの活動をして、自分の信条に合った法案を出せば良い。そして、それを国会の議事に乗せて、議論を尽くして、最終的に採決すれば良い。

審議のなかで説得される人がいれば、彼らは採決で賛成してくれる。このような地道な活動を続ければ、個々の議員が出した法案だけで、いろいろな法律を通していくことができる……。

まぁ、これはこれで一つの理想だろう。しかし、実際に、これで法律が通って行くだろうか。ここに政党が必要な第二の理由が来る。それは、政党とは「政策」を実現するためにできたのではなく、「理念」で結集した組織だということだ。

2.政策=手段/理念=目的

ある議員が、自分の信条に合った法案を出したとしよう。おそらく、いくらその人が説得力のある人でも、過半数の議員を味方につけることは不可能だろう。

一つの政策で、まったく強制力なしで、過半数以上の議員の賛成を取りつけることは不可能だ。なぜなら、法案=政策とは、ある目的=理念を実現する手段に過ぎず、仮にある目的に関しては、過半数以上の合意を得られても、手段に関しては、いろいろなやり方があるからだ。

たとえば、少子高齢化という問題がある。これに関しては、いろいろな対策が考えられる。一つは、これは不可避のすう勢だから、別に何もする必要がないというもの。

または、高齢化自体は良いことだから、少子化を食い止めるというもの。仮に、ここまでで合意ができたとしも、具体的な解決策に関しては、いろいろなものが考えられる。

子どものいる家庭に現金を渡す。問題は金ではなく子育て環境だから、現金支給ではなく保育所設置にすべき……。

消費税増税についても考えよう。この問題が複雑なのは、目的がはっきりしていないことだ。仮に、ここでは「福祉の充実」ではなく「財政再建」を目的にしよう。

すると、この解決のためには、いくつかの対策が考えられる。消費税率の引き上げ、所得税の改革(これにも、累進性についてさまざまな見解がある)、法人税の問題(引き下げ論ではなく、引き上げ論も有り得よう)、または、根本的な税制改革として、新たな税を考える(資産税とか、土地所有税とか)。

一方で、財政赤字の根本原因についても、いろいろな見解がある。公共事業が悪いとする人たちは、道路・橋・ダムの建設を止めれば良いとする。

または、財政問題の根本は社会保障にあると見る人もいる。しかし、ここでも、税金で年金・医療を賄うべきとする人もいれば、保険料の引き上げで対処すべきと言う人もいる。

これほど錯綜した問題を、政党が存在しない、つまり一切の強制力を持つ組織のない、個々バラバラの議員だけで構成される国会で、審議して、過半数以上の賛成を取りつけことなどできるだろうか。

つまり、まったくフリーの状態で、議論の最初の土俵から、個々バラバラの議員が創り上げていくようなやり方では、国政は進まないのである。

いろいろ問題はあるけれど、最初にある程度の土俵を整えておかなければ、過半数以上の合意をある一定の期間で得ることなど不可能なのである。直前の問題を解決するために、永遠にダラダラと議論しているわけにはいかない。

3.政治リーダーの役割

要するに、誰かが土俵を整えて、それによって不満を持つ議員がいるとしても、最初からいくつかの選択肢を排除した形で議論を始めなければならない。

だからこそ、「最初に理念ありき」なのである。理念でまとまっていれば、その具体的な解決策=政策について、少しくらい意見が違っても、政党としてまとまって事態に対処していける。

この土俵を整えておくことが、政治リーダーの仕事である。この土俵の段階から、国会だろうと、党内だろうと、一から議論していては、このスピードの速い現代社会では、何も問題を解決することはできない。だから、一部の不満を抑えて、土俵について、逆に言えば抹殺された選択肢について、有無を言わせてはいけないのである。

これは、政治における「効率性」と言ってもいい。リーダーは、土俵を整えるまでの、民主主義社会では必要ではあるが非効率な過程を省くことを任務としている。だから、リーダーシップには「強制」という非民主的な要素が入り込む。

そして、だからこそ、リーダーを選ぶということに関しては、民主的でなければならないし、かつ、熟慮して決めなければならない。

というのも、もしすぐに気に入らないからと言って、すべての政治議題について、最初の土俵のあり方をめぐって、リーダーの方針に文句をつけていたら、現代民主主義社会の政党政治自体が成り立たなくなるからだ。いまの民主党がそうなりつつある。

真剣に議論してリーダーを選ぶ。そして、一度選んだら、よほどのことがない限り、黙ってリーダーに従うべきだ(リーダーへの反旗は、リーダーが党の理念に反する行動をとった場合にのみ許される)。二週間後にそうなることを祈る。

(このコラムは毎月1日と15日の月二回。次回は9月15日です。)

政治学者 森田浩之のプロフィール
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